高知地方裁判所 昭和62年(ワ)666号 判決 1989年8月10日
原告 松岡旦人 外四名
右五名訴訟代理人弁護士 戸田隆俊
被告 高知県観光株式会社
右代表者代表取締役 松澤 勇
右訴訟代理人弁護士 行田博文
主文
一 被告は、別紙認容額一覧表の「原告氏名」欄記載の各原告に対し、これに対応する同表の「合計」欄記載の各金員及び右各金員のうち同表の「未払割増賃金」欄記載の各金員に対する昭和六三年一月二二日以降、同表の「附加金」欄記載の各金員に対する本判決確定の日の翌日以降各完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項中の、別紙認容額一覧表の「未払割増賃金」欄記載の各金員及びこれに対する昭和六三年一月二二日以降各完済まで年五分の割合による金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文第一、第二項同旨及び第一項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、一般旅客運送事業(いわゆるタクシー業)を営む株式会社であり、原告松岡、同畑山、同井上は昭和六〇年六月一日より前から、原告杉村は同月一七日から、原告谷は同年八月二三日から、いずれも被告にタクシー乗務員として雇用され、昭和六二年二月二八日まで勤務してきたものである。但し、原告松岡及び同杉村は、昭和六一年九月八日から同年一一月二八日まで、同畑山は、同年九月一四日から同年一一月五日まで、同谷は、同月二七日から同年一二月二五日まで、いずれも稼働していない。
2 被告における勤務体制は、原告ら全員につき隔日勤務であり、所定労働時間は午前八時から翌日午前二時まで(このうち二時間は休憩時間)である。原告らの賃金は、毎月一日から末日までの間に稼働したタクシー料金水揚高(以下「月間水揚高」という。) に一定の歩合を乗じた金額を翌月五日に支払うというものであり、各原告についての歩合は、別表記載のとおりである。
3 昭和六〇年六月一日から昭和六二年二月二八日までの期間(以下「本件請求期間」という。)における原告らの所定外及び深夜の各割増賃金については、昭和六一年一二月から昭和六二年二月までの三か月間の原告らの勤務実績に基づき推定することとするが、右推定による金額は本件請求期間に支払われるべき各割増賃金の額を下回ることはない。そして、右三か月間(原告松岡については昭和六一年一二月及び昭和六二年一月の二か月間、原告谷については昭和六二年二月の一か月間)の原告らの勤務実績、すなわち、原告らの月間水揚高、総労働時間、所定内深夜労働時間、所定外労働時間及び所定外深夜労働時間は、別紙1ないし5記載のとおりであるから、原告らの本件請求期間における所定外及び深夜の各割増賃金の額は、別紙1ないし5記載のとおり、原告松岡につき金三三万三九〇九円、同畑山につき金六四万五一三二円、同谷につき金二四万七五一七円、同杉村につき金三六万九九二六円及び同井上につき金三七万七三六七円を下回ることはない(なお、別紙1ないし5記載の計算関係は、小数点以下第三位を四捨五入したものである。)。
よって、原告らは、被告に対し、右各割増賃金及びこれに対する弁済期の後である昭和六三年一月二二日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、労働基準法一一四条の規定に基づき右各割増賃金と同一額の附加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3のうち、昭和六一年一二月から昭和六二年二月までの間の原告らの月間水揚高、総労働時間、所定内深夜労働時間、所定外労働時間及び所定外深夜労働時間が別紙1ないし5記載のとおりであることは認め、その余は争う。
三 抗弁
月間水揚高に別紙記載の各歩合を乗じて算出される賃金(以下「本件歩合給」という。)には、以下で述べるように、所定外及び深夜の各割増賃金が含まれていたものであるから、原告らの本件請求期間中の所定外及び深夜の各割増賃金はすでに支払済みである。
1 原告らが被告に入社するに際し、当時被告の労務管理担当であった立石聡男が、本件歩合給には各種の割増賃金が含まれている旨を原告らに説明し、原告らはこれを承諾した。また、原告らを除く被告のタクシー乗務員も、すべて、歩合給に各種の割増賃金が含まれていることを承知している。このように一定率の歩合給の中に各種の割増賃金を含ませたのは、割増賃金の計算が煩瑣であることからこれを回避するためである。かかる賃金支払方法(以下「一律歩合給制」という。)は、妥当なものではないが、違法ではない。
2 本件歩合給に各種の割増賃金が含まれていたことは、次のことからも明らかである。
(一) 賃金算定方法の改定協定
(1) 被告においては、従前より労務管理、労使関係が十分に整備されておらず、そのため、原告らが属する自交総連高知県観光労働組合(以下「観光労組」という。)は、労働基準監督署に対し、労働時間、有給休暇等について被告を労働基準法違反で告発し、被告は、昭和六一年一〇月、同署から、告発事項について労働基準法、労務改善基準の遵守のほか、賃金計算方法の整理などについても是正勧告、指導を受けた。また、これに先立つ同年九月七日、観光労組の組合員から被告を相手に、タクシー乗務員としての就労拒否禁止仮処分申請事件(高知地方裁判所昭和六一年(ヨ)第二二六号)が提起され、同年一一月一二日、裁判外の和解が成立し、申請の取下げにより同事件は終了したが、被告は、右事件における労使関係の混乱は被告内部の体制が整備されていなかったことに原因があると痛感した。被告は、これらの状況を踏まえ、就業規則の全面改定、労働時間、休日の遵守、賃金規則の明確化に着手した。
(2) 当時、被告においては、賃金規則につき、就業規則(昭和五九年一二月一日作成、届出)の二四条、二七条で賃金構成、割増賃金を定めるのみで、その具体的な算出方法を明記しておらず、一律歩合給制によって賃金が支払われていた。そこで、被告は、昭和六一年一一月二六日、新たに就業規則を作成、届出し、その五六条二項において賃金その他の給与については別に定めるとした上で、昭和六二年一○月二〇日、高知県観光社員会(昭和六一年一一月二〇日被告の従業員により結成され、同月二四日被告に届出された労働組合で、組合員は現在二九名である。以下「社員会」という。)との間で、それまでの一律歩合給制を改め、出来高給は、営業収入の一定率とし、本採用の者は四〇・五パーセント、試採用の者は三八・五パーセントとする、深夜割増給、時間外並びに休日割増給については法定通りとする、との協定を締結した。
(3) 右協定は、従前諸手当を含めて支給していたものを、各関係省庁の指導に従い、内容の組替えを行ったものであることを確認の上、双方合意したものであって、昭和六二年一一月一日から実施しており、被告の各乗務員は従前の一律歩合給制の賃率とほぼ同率の賃金の支給を受けている。また、被告には労働組合に所属しない乗務員が六名おり、社員会に所属する乗務員と合わせて合計三五名(観光労組組合員を除く全乗務員)との間で、右協定が異論なく実施されている。これは、従前の歩合給の中に各種の割増賃金が含まれていたことを示すものである。
(二) 他のタクシー会社との賃率の比較等
被告のタクシー保有台数は二○台、タクシー乗務員は四四名であるが、同規模の他のタクシー会社における各種の割増賃金を含んだ賃率と比較しても、本件歩合給の賃率は決して遜色のないものであり、逆に、本件歩合給と同一の基礎給を定めるタクシー会社は高知県内にほとんどない。被告が、本件歩合給を各種の割増賃金が含まれない単なる基礎給として、これに割増賃金を加え支払うとなると、即座に被告の経営に重大な支障が生ずることになる。要するに、他のタクシー会社との賃率の比較からしても、被告の経営面からしても、本件歩合給に各種割増賃金が含まれることは明らかである。
3 本件歩合給に各種の割増賃金が含まれているとして、基礎給がいくらになるのかが問題となる。この点については、四二パーセントの歩合についてはうち三九パーセントが、四五パーセントの歩合についてはうち四〇パーセントが、四六パーセントの歩合についてはうち四一パーセントが基礎給部分と推定されるが、正確な逆算はできない。しかし、これは、本件歩合給に各種の割増賃金が含まれていないということではなく、本件歩合給には各種の割増賃金が含まれているものの、基礎給を正確には確定することができず、ひいてこれに基づく割増賃金も正確には確定できない状態にあるというのが実態である。そして、右の推定される基礎給部分は、他の同規模のタクシー会社の基礎給と比較しても均衡を失するほど低額とはいえず、むしろ同等以上であるから、原告らには、本件歩合給によってすでに各種の割増賃金が支払われているというべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は争う。所定外及び深夜の各割増賃金は、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算したものであり(労働基準法三七条一項)、右通常の労働時間又は労働日の賃金(以下「通常時間の賃金」という。)の計算額を算定するについての基礎とすべき金額は、出来高払制その他の請負制によって定められた賃金については、その賃金算定期間(賃金締切日がある場合には、賃金締切期間)において出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における、総労働時間数で除した金額である(同法施行規則一九条一項六号)。したがって、被告が主張するように、水揚高の四二ないし四六パーセントの中に所定外及び深夜の各割増賃金が含まれているとすれば、当然通常時間の賃金のパーセント(これを「基礎パーセント」という。)が決まっていなければならない。そして、所定外及び深夜の各割増賃金を含めた賃金は、次の計算式で示されることになるが、これによれば、賃金は、所定外及び深夜の各労働時間数によって変動するのであり、水揚高の四二ないし四六パーセントに一定するはずがない。
月間水揚高×基礎パーセント=A
A÷月間総労働時間数=B
賃金=A+B×0.25×所定内深夜労働時間数+B×0.25×所定外労働時間数+B×0.5×所定外深夜労働時間数
以上のとおりであって、水揚高の四二ないし四六パーセントという本件歩合給の中に所定外及び深夜の各割増賃金が含まれているということは考えられず、一律歩合給制とは、各種の割増賃金を支払わないということにほかならない。
第三 証拠<省略>
理由
一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 ところで、割増賃金は通常時間の賃金を基礎として計算すべきところ、被告は、本件歩合給に割増賃金が含まれている旨抗弁するので、これについて検討する。
<証拠>によれば、被告のタクシー乗務員の賃金はすべて本件歩合給と同様の歩合給とされており、被告は、月間水揚高に所定の賃率(水揚高に対する賃金総額の比率。以下同じ。)を乗じたものがタクシー乗務員に支払う賃金のすべてであるとし、歩合給には各種の割増賃金も含まれているとの考えのもとに賃率を決定していたこと、その賃率は、平均的にみて、被告と同規模の同業他社における通常時間の賃金と各種の割増賃金とを合わせたものの賃率と大差はないこと、被告のタクシー乗務員の中には、歩合給に各種の割増賃金が含まれ、所定外及び深夜労働をしても歩合給以外の賃金は支払われないということで納得していた者もいたことが認められる。
しかしながら、証人立石聡男の証言中には、被告の労務管理担当であった同人において、原告谷、同杉村及び同井上を雇用する際、歩合給に各種の割増賃金が含まれていることを説明したところ、同原告らがこれを承諾したかのようにいう部分があるけれども、それ自体にあいまいなところがあるし、原告杉村の本人尋問の結果にも照らして、たやすく措信できず、他に、原告らと被告間に本件歩合給が各種の割増賃金を含んだ賃金のすべてである旨の合意があったと認めるに足りる証拠はない(かえって、右の証言及び本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告側は、原告らを雇用する際、前記認定のとおり、歩合給に各種の割増賃金が含まれているとの考えはあったにせよ、原告らに対し、所定労働時間及び賃率は告げたものの、割増賃金については特に説明しなかったことが推認できる。)。
また、仮に、本件歩合給に各種の割増賃金が含まれる旨の合意(一律歩合給制)があったとしても、それを有効なものとして是認することはできない。その理由は次のとおりである。
労働基準法三七条は、法定外労働に対して通常時間の賃金の一定率以上の割増賃金を支払うべきことを使用者に義務づけることによって、同法の規定する労働時間制の原則の維持を図るとともに、過重な労働に対する労働者への補償を行おうとする趣旨のものであるから、少なくとも同条所定の最低額の賃金が割増賃金として支払われればその趣旨は満たされ、それ以上に、割増賃金の計算方法や支払方法を同条の予定としているとおりに履行することまでも義務づけているとはいえない。したがって、本件のような歩合給制の場合に、計算等の便宜上、割増賃金の支払方法として、通常時間の賃金と割増賃金とを合わせたものを一定の賃率による歩合給とし、これを一律に支払うという形式をとること自体は、歩合給に割増賃金が含まれていることが明らかである以上、直ちに同条に違反するものではないと解すべきである。しかしながら、そういう支払方法をとり、歩合給に割増賃金が含まれているとしても、同条及び同法施行規則に定める計算方法により算出された現実の法定外労働時間に対応した割増賃金の額が右の含まれている割増賃金相当額を超えている場合には、その不足分を支給すべきことは当然であるから、右支払方法が適法であるためには、歩合給の中のいくらが割増賃金にあたるかをそれ以外の賃金部分と明確に区別することができ、その割増賃金相当部分を控除した基礎賃金(これが通常時間の賃金にあたる。)によって計算した割増賃金の額と右割増賃金相当額とが比較対照できることが必要であるといわなければならず、割増賃金の支払方法について、そういう比較対照をすることができないような定め方をした労使間の協約は、結局、割増賃金は支払わないということに等しく、同条の趣旨を没却するものとして、違法であり、同法一三条により、無効であるというほかない。しかるところ、被告の主張する一律歩合給制では、その主張自体からして、本件歩合給の中のいくらが割増賃金にあたるのかを確定できないというのであるから、仮に、原告らと被告間に一律歩合給制の合意があったとしても、右説示に照らして無効というほかなく、その結果として、本件歩合給に割増賃金が含まれているとみることはできないというべきである。
以上の次第で、いずれにしても被告の抗弁は理由がない。
三 昭和六一年一二月から昭和六二年二月までの間の原告らの月間水揚高、総労働時間、所定内深夜労働時間、所定外労働時間及び所定外深夜労働時間が別紙1ないし5記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。そして、弁論の全趣旨によれば、原告らの本件請求期間における勤務実績、すなわち、月間水揚高、総労働時間、所定内深夜労働時間、所定外労働時間及び所定外深夜労働時間の金額及び各時間数は、右争いのない勤務実績を下回ることはないと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。また、労働基準法施行規則一九条一項六号によれば、出来高払制によって定められた賃金については、その賃金算定期間(賃金締切日がある場合には、賃金締切期間)において出来高払制によって計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における総労働時間で除した金額に、所定外又は深夜の各労働時間数を乗じた金額が通常時間の賃金の計算額となる。そうすると、被告は、原告らに対し、本件請求期間における所定外労働及び所定内深夜労働時間につき、労働基準法三七条一項により、右計算額の二割五分以上の率で、また、所定外深夜労働につき、同条項及び同法施行規則二〇条により、右計算額の五割以上の率でそれぞれ計算した割増賃金を支払うべきであり、その最低額は、右の各数値からして、別紙1ないし5記載のとおりであると認めることができる。
四 以上によれば、被告は、原告らそれぞれに対し、別紙認容額一覧表の「未払割増賃金」欄記載の各割増賃金及びこれに対する弁済期の後である昭和六三年一月二二日以降各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。そして、右各割増賃金の不払期間、当事者間の交渉の経過、これまでの被告の態度等、本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、労働基準法一一四条に従い、被告が、原告らそれぞれに対し、右各割増賃金と同一額である右表の「附加金」欄記載の各附加金を支払うように命ずるのが相当である。なお、右各附加金については、本判決確定の日の翌日から右同様の遅延損害金が発生するというべきである。
五 よって、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して(なお、附加金の支払を命ずる部分については、仮執行の宣言を付するのは相当でないから、その申立を却下する。)、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山脇正道 裁判官 佐堅哲生 裁判官 政岡克俊)